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家族のこと

親からの虐待を経て不登校に至る現在

該当すると思われるカテゴリが複数あり
適当な選択かどうか自信がありませんが、
お初にご相談させていただきます。

本年度から小学6年生になる不登校の息子を持つ母です。
これから、どういうアクションをしたらよいのか、
どういう環境を提供したらよいのか迷っております。

長くなりますが、
経緯から聞いていただけるとありがたく思います。


3年生の3学期から、家庭の事情により
母親の私がダブルワークを始め、
朝、一緒に家を出て、帰宅は深夜1時過ぎなど、
ほとんど顔を合わせない日々が多くなったころから、
就寝中に体が硬直してうなされたり、
学校での異常行動も出てきました。

学校では、何かのきっかけで感情がコントロールできず
暴走してしまったり、トイレの個室にこもったきり
何時間も出てこないことがたびたび報告されました。
トイレの現場に遭遇しましたが、
教員が脚立を使って中から開けてくれたところ、
体育座りのまま硬直しており、話しかけても通じず、
手負いの獣のようにうなるだけだったのを
別室をお借りして1時間格闘して戻した感じでした。

「生きている意味が分からない」「死にたい」
という言葉を言い、「殺」「死」などの文字を
腕に書き連ねて帰ってくることもありました。
絵を描くのが好きでしたが、それにも
血なまぐさい残酷な要素が混じるようになりました。

私が仕事で一緒に居られなくなった夕刻の家族タイム、
父親の鬱屈のはけ口になっていたようで、
お茶をこぼしただけで殴られたり。
6歳上のお兄ちゃんともうまくいかない日は
自分の居場所がなかったようで、
私が深夜帰宅すると、階段の踊り場や物置部屋で
毛布にくるまって寝ていることも多々ありました。

4年の1学期末、私は仕事のスタイルを変えて
夕飯時は一緒に居れるようにしていました。
が、ある日、子に対する父親の暴言を
あからさまに目撃し対立したところ、
子どもの目の前で、母親の私に殴る蹴るの暴行を振るい、
これも後に子供にとってのトラウマとなったようです。
そのとき子供は、いたたまれない心情を現しながらも
「やめろー、やるなら俺にやれー」と叫びました。
今度は私を庇おうとした子供に向かっていく父親でした。
子供と抱き合って凌ぎながら、離婚を決意、翌日に宣言しました。

が、応じてもらえず、
1年後、別居を実現するまでの間、
息子も私も吐き気がするような日々を
その家で過ごしました。
父親とは目も合わせず口もきかず
一緒の空間にもいないようにし、
私の仕事帰り、台所の片隅ガスコンロの前で
夕飯を食べさせる時間が唯一
弱々しい笑顔を浮かべてもらえる瞬間でした。


父親は、昔からDV気質があるとは思っていましたが、
後から知ったところ、ベッドの上でのしかかり押さえつけて
顔を舐めまわすなど、低学年のころから異常な行為をしていた模様。

なおかつ、母親も忙しすぎて見てくれなかったから、
味方じゃないと思っていたと、後に子供の口から聞かされました。


5年生にあがってからの1学期、
後半は廃人のように布団にいるばかり、
ストレスから傍の襖を掻き壊して大穴にいたるほど。

でも、夜逃げ同様に別居先に移り住んでからすぐ、
自分から学校に行き始めたんです。
いろいろな居場所に意欲的に復帰し始めました。

そこで安心しきってしまった私も悪いのかもしれません。
徐々に、学校に行ける日、行けない日が出てきました。

父親の夢、私が殴られている光景、
または意味の分からない嫌な夢、
それを見た朝はテンションが非常に悪い、
学校に行けないほどに。

後から問診して知ったことです。
それまでは、
私だってここまで頑張って環境を整えたんだから
あんたも逃げ腰になるなとばかりに
登校できなかった日は
きつい言葉を浴びせていたと思います。

それと、考えてみたら、
1年以上まともに授業に参加しておらず、
内容についていけないわけです。
本人いわく、教室に居る意味がないと。
これもひとつ。

所詮、学校というのは
カリキュラムで動いているんだなと思わされました。
どんなにいい先生だと思って頼ろうと思っても、
所詮、集団カリキュラムをこなすのでいっぱいなんでしょうね。
正直、寂しい気持ちを否定できません。

それに加え、「子供」という人種は残酷です。
癒えてない傷がどんどん開いて、
今までスルーしてきたことも噴き出してきてしまっています。


教育センターの心理ドクターに、
今までのことがトラウマにならないように
ケアをしなければならない、
かつ父親の動向も心配だから、
双方の意味で児童相談所と
つながっておいたほうがいいと言われ、
月に1度通っていましたが、おそらく
「ケア」の部分が児童相談所ではできてません。

2月に離婚は成立しました。
あとは心理ケアが最優先です。

夜に眠って夢を見るのが怖いと言って
昼夜逆転してしまいました。
これはもう医者の領域だと思って
心療内科に通っています。

ただ、小学生時代に習う勉強内容は
一生涯使う重要な内容だと思います。
心理ケアと同時に、学習面のケアもしなければ
社会復帰はつらいと思うのです。
5年生の3学期、始業式の1日しか行けていません。

小学校生活最後の1年、
所属する小学校に登校できたとしても
彼にフィットする教育はしてもらえないと思いますし、
自らの意志での登校すらできないと思います。
私は登校時刻より早く仕事にでなければなりません。
引きずっていくこともできません。

フリースクールとか。どう思われますか。
いろいろな体制、方針があると思います。
彼が行きたいと思う居場所で
彼の心理ケアもしながら
勉強もサポートしてほしい。

学校に行かないということは、
私が仕事に行っている間、放置なわけです。
まずこの状況をなんとかしたい。

今いちばんマズイと思うのは、
私もいっぱいいっぱいで、
自分の子供を可愛い愛しいと
思えなくなっている状況です。






ニックネーム : 康子

回答数1
わたしも!0
知りたい!

2016年04月01日

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この質問への回答一覧(1)

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傍島史沙斗

CIDD大垣相談室 心理カウンセリング&ライフスタイルプロデュース 室長 臨床心理士/スクールカウンセラー

確実に虐待によるトラウマのケースです。
虐待トラウマのケアはまずは、虐待者のいない環境を選択されることです。その点、離婚なされて環境を変えられたのは正解です。そしてここからが息子さんとあなたのケアの始まりです。虐待者から離れて、虐待行為を受けなくなってからも被害者はフラッシュバックに悩まされます。そして過覚醒と低覚醒です。誰にも脅かされる環境にいなくても、周囲の人の表情やしぐさが意味ありげに思えてしまって、とてつもない恐怖に感じられたり、固まってしまうということが起こってしまうでしょう。これに対しては、身体志向のトラウマセラピーと言われる、EMDR、TFT、ソマティックエクスペリエンスと言われる心理療法やトラウマフォーカスト認知行動療法といった心理療法、FAPといった心理療法が有効であると思われます。
強度のストレスにさらされるとそのダメージにより、潜在性の栄養欠乏や摂取栄養素の利用障害、血糖調節障害など、精神症状をまねく身体疾患にもなりやすいので、その点についての鑑別もされるとよりよいのでオーソモレキュラー療法実施医療機関において詳細な血液検査を行われることも有効であると思われます。高濃度の栄養を補充されることはトラウマケアに有効です。
お母様が思われている社会復帰には学力も必要というのは確かに一理あると私も思います。しかしながら息子さんのおかれている状況は、虐待の実害にさらされることはなくなったものの、そのケアが十分されているわけではないので。息子さんの心は未だに生きるか死ぬかの瀬戸際の段階にあると思います。生きるならよりよく生きるための学力の段階や社会復帰を見据えるには到達していないように思います。いや、転校と同時に学校に行かれようとされた息子さんは社会復帰をご自身で目指していらっしゃったのですが、その想いをフラッシュバックをはじめとするトラウマ症状に打ち砕かれて、疲れ果ててしまっ社るのだと思われます。したがって、いずれにせよ、よほど安心のできる人と共にいることが、フラッシュバックの脅威と自己破壊衝動を緩和することに非常に重要であると思われますので、そのような理解のあるところを選ばれるとよいと思われます。
そしてもう一つはお母様自身も虐待とDVの被害者であるのでその点についての心理サポートを受けられる必要があると思います。それは、息子さんの心情を理解するためです。息子さんは虐待体験に圧倒されています。息子さんの回復の道のりを支えていくには、お母様がご自身のこの辛い経験に触れられるように心理サポートを受けておられる方がよろしいとお思われます。お子さんのことがかわいく思えないのもおそらくご主人からのトラウマの影響のせいです。ですからお母様もケアを受けられるとよいと思います。
お二人の苦痛が軽減されますように。

2016年04月02日

ハレタネ!

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